2022/06_nauya

green leafed plant

所感

1ヶ月の過ごし方を可視化してみた

大体気づけば1ヶ月経ってて、色々あったな〜という感想を抱いて流すのだけど、まあそれなりに運動したなみたいな月もあれば、めちゃ飲んだなみたいな月もある。もう少し記憶に依存しない振り返りができないものかということで少し可視化をしてみた。Googleカレンダー –> GASでスプレッドシートへ –> 関数で分類。GASは社長が書いてたのをそのまま拝借。以下概略

ぱっと見た感想としては、

  1. 労働時間て多いね: 過ごしてる時間の3割は寝てて、3割は働いている。寝てることは結構そうだなと思ってたけど、たしかに結構な時間労働に費やしているのだなあということを改めて感じる
  2. 1割飲んでる: 6月は起きている時間の1割は飲んでた(=飲み会)。時間にして約60時間(飲み会は16回)。ごはん(朝昼晩)食べてる時間と一緒くらいなので多いなという感じはする
  3. 運動してる。が、: クロスフィット、テニス、フットサルなど結構運動したな(20時間くらい)と思ったけど、起きてる時間の中でいうと4%くらいなので、相対的にはそんなもんなのかと思った
  4. 習い事は蓄積する: 習い事のピアノや本読むなど、自分として時間費やせるといいなと思っているものはのはもっと少ない。ただ習い事の良いところは、自主性に依存する読書みたいなのと違って強制なので蓄積はするなと感じた
  5. トラックできてない時間多い: 完璧を期すると続かなくなるのでそれなりにと思うけど、3割くらいは使途不明のようになっているので、次月はもう少し解像度をあげたい(7割 —> 8割とか)なと思う

大学受験の勉強をしている高校生の頃、マス目を塗りつぶしてトラッキングをすることをしていた。これの良いところは、(16 personalitiesで言うところの収集心のような気質が手伝って)空いているマスがあると気になるので、それを埋めようとする = ぼーっとするよりも勉強しようとするモチベが湧くことだった。結果として、気づいたらXX時間経ってたということは少なく、ここは休みというマスを塗るんだという前提で休むことが多かった

こういったトラッキングは単発でやることにあまり意味はなくて、続けて傾向を見る & ふわっとでもいいからこういう過ごし方をしていたいなという予算のような概念と照らし合わせて初めて意味を持つ。ので、あまり単月を振り返って上記のような感想を抱いたが、すぐに「この時間を減らそう!/増やそう!」みたいには思わなかった。ただ、例えば飲み会とかも、なんとなくこれくらいの数 / 時間にしようという想定を持っていれば、誘われたときや誘うときに、来週でなく来月にしとこうとか、逆に今月まだいけるな、みたいな部分をそんなに罪悪感感じず?判断できるかもしれないなとは感じた

まあぼちぼちやってみようと思う

島キャンの代表と出会った

6-7年前から、毎年西伊豆の島を借りてキャンプをするということをやっていた(島キャン、と呼んでいた)。厳密には半島の先端なのだが、周りの空間からは隔絶されているので、プライベート感が高く、いくらでも騒げるし、大人数(多いときで50人強)でわいわいできた

そのキャンプ場の運営会社に招かれて、新しくできた拠点に泊まってきた。他にも50-100人規模でその場所でイベントをやってきた幹事sがたくさんいて面白かった。その際にその運営会社の代表と話す機会があり、色々と刺激を受けた

田んぼdeサウナ@みなかみ

自分はその西伊豆の場所を借りてイベントをやって、楽しい場にするぞと試行錯誤してきたけど、そもそもそういった特別感のある場所を整備して、かつどんどん増やしていっているのが素晴らしい。日本は辺境というか自然に囲まれたいい感じの場所みたいなのは地方に行けば結構ある気がするが、地権者が細分化されていたり、自治体との折衝があったり、色々ハードルがある中で、そういう場所をどんどん作るべく、軽やかに進んでおられる姿がとっても印象的だった。自分もこういう40-50代でありたいなあと感じた

「かなり労働集約ではあるし、運営を続けるということは大変なこともたくさんある」と仰っていて、自分がいま足元関わっている、PMFできるとどんどんスケールできるよねというソフトウェアの会社とはまた違った世界線だと感じたが、目の前の人に明確に価値を提供していて(=楽しい、リフレッシュになるetc.)、運営会社のメンバー(社員)も端から見て楽しそうにしていて、良いものを世に生み出しているなあ.. と思った

島キャン

イシュー、という言葉を発することが増えた

今働いている会社は、「イシュー」という言葉がよく飛び交っている。もともとあまり定義が定まっていないとか人によってゆらぎが大きい言葉が好きではなく、特にカタカナについては社内でも口うるさいおばちゃんのように「これってどういう意味ですか?」と嘴を挟んでいることが多かった

その筆頭が「イシュー」であり、なんかそれっぽい言葉として敬遠していたところがあった。英辞郎によれば「issue = 〔議論すべき〕重要な話題[問題]、問題点、論点、争点」であり、直感的には問題とか課題に近い印象があるので、自然と「本当に〇〇をすべきなのか?」という疑問形や「△△により事業が進んでいない」という問題点としての書き方が想起される。一方、本や人によっては実現したいあり方、例えば「□□の組織の型をつくる」というフォーマットだったりする。粒度についても様々で、「事業の売上成長が鈍化している」もイシューだし「近所の珈琲屋の価格決めがおかしい」もイシューである

そんなこんなで敬遠していたイシュー君であるが、最近は自分から言及することが増えた。きっかけは、大学生向けにオンラインで「論理的思考力とはなんぞや」と偉そうに2時間語ったことである。まあロジカルにいこうぜ?だけだと2時間持たないので、焦って『イシューからはじめよ』を再び開いた。先月の月報でも書いたが、1度大学生のときにあんましっくりこず、微妙やな(失礼)と思ってたけど、改めて読んで腹落ちしたことが多かった

なにかというと、自分は比較的A —> B —> Cというシンプルな論理的構造を高速で回す(考えるとか話す)のは得意かなと思っているので、あるお題が与えられたときに、全体像を捉えてその中の要素のA —> B —> Cを順に高速で理解するということをやってきた。ただ、ときに「そもそもそれなんでやってるんだっけ?」とか、「大きくハズレてないけど、要素としてBも本当に必要だっけ?」ということを考えること(特に後者)を怠ってきたように思う。「うるせえ!それを考えている間にA —> B —> Cを終わらすわ!」的なテンションでいたのだけど、お題っぽいもの与えられた際に、そもそも問題はなんだっけ?ということをまず考える、そして折に触れて考えるということを繰り返すことによって、BどころかCも不要でAだけざっくりわかるとか解ければOK、みたいなことが実現できるのだと思う。付言すると、昔は深夜までやれば全部達成できるなと思ってたけど、最近は19時とか過ぎてくるとあぁビーr..となってきて仕事にならないので、そういうやり方しないと仕事進まないってのもある(老いっす)

なお、上記で記載した表記のゆらぎの問題は残っており、特に社外と話すときには状況によって使うべきでない場面もあると思っている(社外ではイシュー、という言葉を使うだけであぁん?ってなる人もいそう)。それでも、社内においてはまあ「この会社、組織ではこういうものをイシューと呼び、そのフォーマットはこんな感じです」というのを定義すれば回る気がするので、イシュー君自体が悪いものではないかなとひとりごちている(スマン)

マネージャーになる

7月からマネージャーになった。何か仕事が大きく変わるわけではないが、よりチームとして立ち上げていくということに取り組むことになると思う

この半年強、スタートアップにおいて経営企画的な役割は必要なのか?という疑念を自分の中では一定持てていて、それについては一定役立ちそうだという所感を得られた(good)。その上で、とはいえ自分ともう1人の2人チームでやってきて、それぞれがいい感じにめっちゃ頑張るというのはいいが、これだとあまり再現性が担保できない&スケールしないなということを感じた。会社も自分が入った8ヶ月前から40名 —> 80名になっていて、サイズも大きくなると尚更モレが出てき得てしまう

加えて、「君がスプレッドシートぶん回していい感じの分析とかまとめをするのはいいが、君が干渉しなくても組織内でそういうのが回ってる状態にしないとだめだ(意訳)」というようなことを言われて、確かになということを感じた。もともとコンサルの時に体に打ち付けられた「誰でも明日から引き継げるような状態にしておく」ということは常々心がけていて、一時的に代行してダッシュボードのようなものを作る際も、必ず誰かに引き継げるようにしてきたつもりだった。でも「作ってあげたスプレッドシートは大体ゴミになる(意訳)」ということも言われて、ムムそれは確かにそうだと思った部分もあり、ちょっとやり方を変えなくてはと感じている

社内では前職由来で短絡的にudonと呼ばれている(ちょっと恥ずかしい)のだが、udon-mecha-ganbaru ではなく「Udon-as-a-Service (UaaS)になってAPI叩いたらレスポンス返ってくるようにしろ」(超訳)と指示を受けたのでまあ頑張っていきたい

読んだ本

今月のベスト: ジェフ・ベゾス

  • 購入〜読了まで2ヶ月かかってしまった。とにかく長い(575p)。ジェフ・ベゾスが歩んできた軌跡をかなり丁寧に数百人へのインタビューで拾って表現している本なのだが、とにかく長い。しかもジェフ・ベゾス本人のインタビューはとれなかったらしい(ので、その幹部を含むその周辺からの話を集めている)。アメリカにはこのように徹底的にインタビューや情報収集を通して深堀りする本が結構あってびっくりする(shoe dog, netflix, ツイッター創業物語等)
  • まだ創業から30年経ってないAmazonという会社がモーレツに成長してきているという事実、そしてそれを実現している社内というのはやはりモーレツそのもの。いわゆる「テック企業」でありGAFAの一つであるが、成長への執着やコストへの意識が隅々まで染み渡っていている組織を創り上げてきた。大きな会社、かつ評価額が高く利益も上げている企業になれば慢心しそうであるが、そのへんの倹約感が、やはり小売というフィールドで勝負しているせいもあってか徹底しているところが凄いなと感じた
  • 企業が大きくなる中、大体コントロールが効かなくなってくる中そこを(異常ともいえるくらい)コントロールできる仕組みを構築したこと、そして折に触れて重要な意思決定について現場まで降りて関わっていること(例えばアレクサの名前、第2本社を決めるにあたって各都市に競わせるなど)、Amazonを成長させる傍ら全く異なるビジネスの立て直しをしている(ブルーオリジン、ワシントンポスト)こと、が印象に残った

その他

  • メタバースは、特に「人類史にとってのメタバース」、「岩」は究極的に原子の集まりであるが、それをどこまでデフォルメして表現するか、といった観点など、ただ技術の発展のみに依存するものではないという点が興味深かった。飲酒の科学は、まあ蒸留酒が云々とか言ってないで酒量を減らせという本で、飲んだ量をトラッキングするきっかけになった。本を読むのは好きな方ではあるが、いわゆる定番の本でも読んでない本は沢山あるので、とりあえず概要でもと思ってコンサルが読んでる本を読んだが、なるほどこういう本があるのかと思った一方(ちなみに執筆元の影響かスポーツ関連への偏りは大きい)、やっぱ1-2ページの概要じゃよくわからんなとも思った。歴史思考は、史上一番好きなcoten radioの深井さんの本。ライトで良い本だと思うけど、podcastを全部聞いている人からすると、真新しいことはそんなない。頭の良さとはなにかは、大学受験のときに間接的にお世話になった和田信者として読んでみた本。まあ自分の頭で考えようぜ?というのがメインメッセージである気がして、真新しさはなかったのと、やはり対話本というのは浅くなりがちだなとも思った(話すことは書くことに比べて適当でもなんとかなるので、質が下がる印象がある)

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