2021/12/30_uemr

年の瀬なので2021年を振り返る

目次

  1. やっぱりtoCが好きだ
  2. アフター結婚
  3. 年に2回転職した
  4. 一線を越える(越えよう)
  5. スタートアップは無駄が少ない(良い)
  6. オフラインとオンラインの世界がある
  7. やればできる。何歳になっても新しく学べる
  8. 言語って大事(≠言語化)
  9. 身近で正しいビジョンと良き倫理観に人は集まる
  10. ワイガヤについて考える

 

やっぱりtoCが好きだ

後にも書いているが、今年は2回転職した。コンサル(主にtoB)→うどん(toC)→ファンド(toB)→スーパー(toC)と順々にやってきているが、やっぱり一番熱量が抱けるのtoCというか、消費者に近いところだなあということを改めて感じた

うどんがまさにそのはじめの気づきだったけれど、自分自身もめちゃ関わる(外食よくするし、うどんも割と好き)分野だと、自然と「こうなったらいいのに」ということを考えるので、なんとかしたいなと考えるし、そこに対して自分という人間が入るとこの道を開けるのでないかという思考も湧く

新卒で入ったコンサルで、短期間で様々な分野に突っ込まれるてなんとかキャッチアップするという修行を沢山した。希少疾病用医薬品やったり、エンジンコントロールユニット調べたり、不妊治療に使われる試薬の会社のDDとか、3-6週間のスパンで回していた。そのおかげで正直何でも勉強したら概観は掴めるなと思えるようになったし、やっぱり調べると興味も湧く。湧くのだが、じゃあその業界どうしてくべ?みたいなところは、仕事としてはやるけど、普段生きててそんな考えない(不妊治療はCに近いので相対的に熱量湧いたし詳しくなってよかった)

どんな業界でも課題があるので、こうした方がええな〜と考えるが、一旦整理したら、「じゃあ誰か頑張ってくれ」と思う。例えば前職のPEファンドで海外の水素プラントの投資検討をした際に、ブルー水素、グリーン水素があって、製造には酸素燃焼法や化学吸収法があって、SDGsな世の中で大事ですよみたいなことはわかったし知的好奇心も刺激されたけど、やっぱり究極プラントエンジニアの人ほどにはわからないし、水素作ってる現場にいくこともまずないし、「水素大事だから誰が頑張ってくれ」と思った

その点、今やってるスーパーとかは、コロナの影響とホットクック先生のお陰で料理をするようになった今、よく行くし、周りの友人も皆使ってるし、「こうなったらいいな」を自然と考えるし、そこに対して今、自分の動きで日々1ミリでもよくしていけるのではと思えている。楽しい

この本読んだときも、色々な経営者のストーリーがあってみんな凄いなと思ったが、直感で一番印象に残ったのはクロネコヤマトの小倉さんで、きっとそれは消費者に向かい続けていたから。toBの方が安定してるしお金も儲けやすいが、やはり自分はこっちに立ち戻ってくるのだと思う

アフター結婚

1年前に結婚して、今年結婚式をした。改めてアフター結婚のライフを生きた1年だった。結論、良い。同棲も長かったし早い段階で概念的には婚約したので別に生活はそんな変わってない。が、(a) 精神的安心感 (b) 色々説明が省ける (c) 友人と家族から祝福されるのはいいもんだ という感じで良かった

(a) 精神的安心感というのは、ライフの最小単位が1人→2人になったことで、有事の際には2人で頑張ろうぜと思えている相方がいること、一緒に生きていくべという前提がfixな中でライフどうしてく?と考えられていること

(b) 説明に関しては、相方氏も言っていたが、「ご結婚/お付き合いは・・?」みたいな会話を会社でのステータスなり指輪といったタグでスキップできるのが良い。親的にもなんか安心だし嬉しいというのもついてくるし良かった

(c) 祝福については、素敵な家族s&友人sが祝ってくれるというのはいいもんだとしみじみと感じた。これまでの2人共々仲良くしてた友人sにも、改めて認められている感というか。あと色々家電が増えました。ありがとうございます

年に2回転職した

今年は2度転職した。数えてみたら、面接は55回受けてた。一時期「趣味: 面接」みたいになって、自己紹介めちゃめちゃスムーズだった。20代のうちで4社目となり、ずっと30年以上同じ仕事をしている職人肌の父(脳外科)からすると不可思議に映るようであるが、自分の中では一応筋を通すということは心がけてきた

それは何かというと、色々学ばせてもらう代わりに、自分が一番貢献できるとかにアクセルをかけて走って、お返しすること。3年くらいがなんとなくそれができるスパンだなあと結果的に感じている。半年 – 1年目はキャッチアップ。そして2年目から少しずつ貢献してって、3年目から返しまくる、みたいな。割と大器晩成タイプ、競馬の馬で言うと差しor追い込み

最初の2社はそれぞれ3年くらいいたのでだいたいそんな感じだったが、直近は半年だったのでちょっと例外。正直お返しできたかというと微妙である。政府系という特殊な形態だったこともあるので、この経験を生かして国民として頑張る(そして納税する)ということかなと整理している

ただし、損切りというか、早いところ見切りをつけるというのは悪くなかったと思う。以前に書いたことがあるが、企業は永続するGoing Concernであるものの、そこに所属する個人には寿命がある。ライフ(人生)にも色々あるし、企業の変化と個人の変化が必ずマッチするわけではない。なので、有期であることを前提にその期間価値提供をするということはmake sense

あと、半年で3回しか出社しなかった(PCもらう、1回コピーをしにいく、PC返す)ので、20人の組織の半分とは対面で会えておらず、バーチャルな関係だったので辞めるプロセスは結構スムーズだった。(税金が原資の)ボーナス頂く前だったし、厳密に言えば6ヶ月とマイナス1日で辞めたので、エージェント費用も一部返金されるのでないかと思う

一線を越える(越えよう)

転職それ自体も含めて、「一線を越える」ということを沢山した1年だった。人と人も、部署と部署も、企業と企業の関係も、間には線がある。「こっち側」と「あっち側」がある。その線ができるのは健全なことだし、なかったらカオスだろう。だけど、ときにその線があることで生じる非効率性や無駄がある

それが人と人の関係であれ、企業と企業であれ、その線を越えることで開ける世界、省ける無駄がある。例えば自分が飲み会が好きなのも、そういう境界を曖昧にして、コミュニケーションコストを下げるだけでなく、関係性を良いものや新しいものにしていける可能性があるから。日本は同質的であることと敬語という概念により、結構「出会い方」により人と人の関係性が決まってしまうところがある。同じ人同士が商談の場で出会うのと、赤ちょうちんで出会うのでは、最終的に到れる関係性に差分が生まれる。その最大値を、できることならアゲていきたい

仕事では、転職してまだ2ヶ月だが、スーパーの現場でオバチャンと共に箱詰めさせてもらったり、カスタマーサポートの機能の立ち上げだったり、色々な種類な現場(genba)に関わらせてもらっている。先週からはQA/ソフトウェアのテストにも関わることになった。会議室と視察には線があるし、視察と現場の間にも線がある。すべての現場には入れないけれど、ときにその線を超えて飛び込むことで、境界線を曖昧にしてコミュニケーションやスタンスの無駄を省くことができる

そういう動き方をするようになったのは多分、うどん屋での入社後の店舗研修もそうだし、外国で短期間(2-6ヶ月)働くということをしてきた結果、強制的に「あっち側」にいかなくてはいけない=一線を越えることが多かったから。加えて、動き方のベースになっているのは中学の頃の原体験が大きいように思う

gray diving board

Photo by Markus Spiske on Unsplash (8位だった最後の全国大会、1位が今年オリンピックで入賞した坂井選手だった)

中学卒業までの5年間、飛込という競技を結構ガチでやっていた。中学だと大きく3m板飛込と高飛込(7.5m)がある。「怖くないの?」とよく聞かれるが、ぶっちゃけ怖い。もちろん始めた初日とは違うが、5年経っても普通に高いのは怖いし少しでも入水姿勢がずれるとめちゃ痛い(しかもコーチも怖いし筋トレもきつい)。 その中でも特に高飛込は嫌だった。高いし、その分失敗したときの痛みは更に大きい。でもある時から高飛込の方が好きになった。それは、板飛込だとバネのある板を助走または揺らしていくので、飛び出す(=もう戻れない)までに少し怖いとか迷いが生まれる隙がある一方、高飛込だと固定なので、もうとりあえず身を空中に投げ出しちゃえばやるしかないから。だから台に立ったら思考をやめてすぐに(0.5秒くらい?)で飛び始めるようにしていた

この姿勢はその後の人生でも役立った。コンサル時代にやった無数のコールドコール(アポなしでインタビュー取り付けるため病院や会社に電話しまくる)でも、もうみんな嫌なんだけどとりあえず受話器とって番号押すとか。フランスから輸血用血液製剤を保存する冷蔵庫のヒアリングのためインドのクリニックに電話しまくってたときは、心をzenにしてとりあえずやるって感じだった

話が少しそれてしまったが、何か一線を越えて飛び込むときも、スタンスとしては一緒。自分の能力とか、対象業界や領域の理解や整理とか、それよりもとりあえず飛び込むこと。その意志の方が大きい。うどん屋の研修にしても、「いつか自分もやりたい」と言ってる人の中で、やってる人はやってたし、やらない人は一生やってなかった。2022年も前のめりに一線を越えていきたい。最近は年のせいか飲み始めると日付前に寝てしまうので、まずは日付線を越えたい

スタートアップは無駄が少ない(良い)

今の会社ともうひとつの会社(別のファンド)で迷っていたとき、紹介してもらったVCの方が「スタートアップはとにかく無駄が少ないよ」ということを仰っていた。その時はそんなにどういうことか腹落ちはしてなかったが、入ってみるとたしかにそうだなと思う

まずはコミュニケーションの無駄が少ない。年齢が全体的に低い(30前半がボリュームゾーン?)ということもあるが、皆前を向いているので、意思統一や調整のコストが低い。「この人はどういう仕事の仕方をするのだろう」という疑念に時間を使わなくて良いのも良い。やはり事業機会に対してまだやるべきことが沢山あるということはいいことだと思う

加えて、「こういうのあったらいいな」と思うツールがだいたい入っているし、意思決定のプロセスもスムーズ。うどん屋は実質オーナー企業だったので(良い意味で)トップダウンで決まっていくので大企業にしては早かったのだと思うが、それでもやはり稟議だとか調整だとか発生していた。今はあるミーティングで話していたことが次の日には組織変更に繋がっていたりすることもある。経費精算とかコンサルでもファンドでも事業会社でも割と時間取られるものだったけど、その辺りにかける時間が確実に減っているのはすごく良い

オフラインとオンラインの世界がある

転職して、いわゆるテクノロジーの領域に初めて足を踏み入れた。エンジニアやデザイナーといった、これまで仕事では接したことのない方々と協働できるは刺激がある。足を踏み入れて気づいたのは、オフラインとオンラインの世界というのがあるのだなあということ

SNSなどでオンラインに広がっている世界があって、そこでのキャラクターや関係性というものがあって、それはオフラインに繋がることもあるがオンライン上で完結することもある。オンラインから想起されるキャラクターがオフラインで必ず一致するわけでもないし、オフラインで話すよりオンラインを好む人もいる(コロナの影響も勿論あるとは思うが)

自分自身はどちらかというとオフラインでの関係性の延長にオンライン(主にSNSやこうしたブログ等)の世界があって利用してきたので、こうした世界が広がってたのかあと新鮮な感じがある。オフラインにはオフラインのマナーがあるし、オンラインにはオンラインのマナーがある。しばし探索を続けていきたい

何歳になっても新しく学べる

今年は新しく始めてみたことが増えた。テニスの試合に出る、K-popダンスを踊ってみる、ピアノを習う、など。昨年3ヶ月パーソナルに通って目に見える成果が出たことで、物事を習って学ぶというサイクルに改めて触れることができ、今年は色々なことに触手を伸ばせた

体を動かすのは健康にも良いしストレス解消にもなる。勿論全てが続くわけではなく、ダンスは4回でDynamiteを覚えましょうというのの後は行ってないし、ピアノもまだ数ヶ月なのでこれからどうなるかはわからない

それでも、続かなかったとしても月に数千円〜1万円強くらいの費用で何か新しいことをやってみると、普段使ってない頭を使うので脳に刺激がある。特にスポーツで試合に出たりすると、アマチュアレベルでもかなり緊張感があって、単位時間あたりの緊迫感というのは、仕事とはまた全然違ったものがある。仕事はどちらかというとマラソンなので、瞬間の緊張感と判断が迫られるのは新鮮で良い

自分の場合はオンラインだとあまりモチベが続かないのでどうしても教室のような形態をとるものに手を伸ばしているが、オンラインでもそれができるとかなり人生は充実しそう

仕事でも、新しい分野でわからないことは沢山あるが、まあたいていのことはやればできるだろうというスタンスで臨むようにしている。でも深くはいけないことも分かっているので、6割のところまでいかに早くいけるかということを繰り返すことが多い。相方の言葉を借りればアラサーになっても可能性の海を泳いでいるが、2022年も引き続き沖合に居そう。いつかどこかに漂着できればと願いたい

言語って大事(≠言語化)

半分冗談、半分本気で、「得意分野は言語です」と言っている。関西留学4年(大学)と英語圏滞在1年弱(留学+駐在)で英語と関西弁はほぼネイティブ*を自負しているけれど、そういう意味での言語だけでなく、日本の中でも業界が違えば全然違う単語が使われているし、同じ単語でも全然別の意味で使われることもある

全然知らない業界に突っ込まれると最初本当に何を言っているかが理解できないということもそうだし、久しぶりに会った旧友となんか話が合わんなと感じることもそう。使っている言語が違うのである。勿論同じ言語(日本語)の中なので100%わからんというものではなく、50%未満の中での濃淡ではある。けれど、肌感20%くらいよくわからん単語やニュアンスが出てくると脳はあまり言葉を受けつけなくなるようになると感じている。言葉が右から左へ流れていく

なので、新しい領域に飛び込む際や違うバックグラウンドの人と話すときは、なるべく言葉の定義を揃えるようにしている。そして、できることなら(特に自分がアウェイな状況なら)向こうの定義に寄せていくようにする。これは第1段階。要は単語帳を作ることに等しくて、これはアンテナを立てて整理&記憶をしていくこと。うどん屋にいた時に「おむすび」を「おにぎり」と呼んで怒られたのが懐かしい

第2段階は言葉の使われ方と背後のニュアンスを捉えること。これはやっぱり会話を重ねることで高まってくるもなので、会話の量に比例する。例文を沢山聞くのが良いので、それが引き出せる「同じ釜の飯を食う」状態が望ましい。うどん屋もスーパーもそれぞれ2週間店舗研修をしたけど、正直2週間で美味しいうどんを作れる状態にはなれないし、えび天に「」も咲かせられない(レジ打ちはめちゃはよなったけど)。スーパーの箱詰めも早くはなったけど、熟練スタッフの華麗な食料品の配置にはかなわない

けど、そこにいる方々が、どういうモチベで仕事に向かっていて、どんな雑談をしていて、何が嫌かといったところは見えてくる。2次情報としての「しんどい」と、自分で2Lの麦茶を14本積めた後(≒30kgのスクワット運動)の「しんどい」では、そこから開けるコミュニケーションの深度が違う

white and black cake on white ceramic plate

Photo by note thanun on Unsplash 「おむすび」

スタートアップの世界に来てまだ2ヶ月くらいだが、カタカナと英語の略称の多さはコンサル以上でないかと少し驚いた。カタカナや略称自体は悪いことではないし、長ったらしい文語を省いてタグとするのは効率的。暗黙知や思考の「言語化」という重要なプロセスの中で生まれてきているものも多分にある

なのだけど、新しい人もいる中ではその定義をきちっとする、そしてそれを浸透させていくということをしないと、言葉が右から左に抜けていき、実は合意したと思っていた内容が違っていたとか、自分ごと感が下がるといったリスクも孕んでいると思う。なのでまとめると (a)環境や領域の違いにより使われる言語は違うことを認識する (b) そのギャップを埋める歩み寄りをする、ということ

トゥゲザーしてると思ったら独唱だった、とはならないように。「おむすび」は「おむすび」であって、「おにぎり」ではないのだ

*注: ほぼ、なのでネイティブではない。語尾の「まあ知らんけどな」って偉大

身近で正しいビジョンと良き倫理観に人は集まる

現在、ネットスーパーを運営するための裏側のシステムをまるごと作る事業をやっている会社にいて、食料品や日用品のオンラインでの購入をよりなめらかにするように日々邁。進している。toCのところの話でも書いたが、自分自身、自分の生活や消費の近くに関わるサービスに関われているのは熱量を保ちやすい。うどんも似たような感じだったが、「わけがわかる」ということが大きい

周りを見渡してみると、皆様々な経験をしていて、素直に優秀だなあと感じる方々が沢山いる。じゃあどうしてそういうメンバーが集まってくるかを紐解いていくと、「(前職で)ある程度稼げることはわかったが、これやってて何になるんだろう」ということを、例えば子供の誕生をきっかけに感じ、自分自身の生活にも関わるサービスに身を投じたいと感じたというような方々が結構いる気がした。足元での会社のブランドとか、給与とかということではなく、「身近で」「正しい」(と自分が思える)ビジョンに日々向き合うことにモチベーションを感じる人は結構多いのだなというのは一つの発見だった

加えて、倫理観も大切とも感じた。会社として、ひいては創業者や経営の思想として倫理観がしっかりしていてそこが安定しているということは、日々上下することもある仕事というマラソンを走り続けていくことのベースになる。例えば「家族を優先しましょう」といった話も、きっと短期的に見ると企業にとっては正直マイナスになることも多々あるが(メンバーが優秀であることの反動でもある)、従業員のリテンションなど長期的視点に立った時にはプラスにもなる。でも、何よりそこのスタンスの決め方は長期的視点にたった分析でなく意志、ひいては倫理観の問題であるということは発見だった

ワイガヤについて考える

あまりワイガヤという単語を使うことはなかったが、最近ちょくちょくまた耳にすることが増え、かつ部分的にそういった機能を果たすこともあったりしたので改めてワイガヤについて考えてみる。結論、仕事でもライフでもワイガヤって大事だよねと思っている

知恵蔵miniによれば、ワイガヤとは「立場の相違にかかわらず同じ組織に属する者たちが気軽に「ワイワイガヤガヤ」と話し合うこと。本田技研工業株式会社が提唱した言葉で、仕事・プライベートのどちらでもない職場での多人数による会話のことを指す」らしい

自分の場合は仕事外の文脈で使うことが多いのだけれど、ワイガヤとは「ワイワイ」+「ガヤガヤ」であり、ただ「ワイワイ」するだけでなく「ガヤガヤ」するということがポイントだと思う

group of women raising champagne flutes

Photo by Efren Barahona on Unsplash 「ワイガヤ」(あくまでイメージ)

まず「ワイワイ」であるが、これは自分とその周りの3-4人くらいが話がはずんでいる、盛り上がっている状態になれれば良い。まずは盛り上がるような場のプランニングをして、後は当日自分自身がギアをあげて(別に無理にということではないが)、大いに楽しむ。〜50人規模の飲み会やキャンプ、運動会といったものを何度かやってみて感じるのは、誰かがその場を心から楽しんでいるというのは良い意味で伝播するので、特に自分が仕掛け側の場合は、誰かを楽しませる方法を考えるより自分が一番楽しめる状態をどうやって作るかを考える方が近道だったりする

次に「ガヤガヤ」であるが、これは少し難易度が高い。自分自身+3-4人の輪だけが楽しんでいる状態でなく、場全体として(8人<をイメージしている)盛り上がっている状態(=ガヤガヤしている)が必要となる。これはつまり、自分と自分の輪が楽しんでいるだけでなく、自分が関与していないところも盛り上がっているということ。難しく考えなくとも気の知れたメンバーでは盛り上がるので改めて考えるものでもないが、飲み会の盛り上がりは下記の等式で決まると思っていて、各種の変数を最大化していくことが仕掛け側のミッションだと思っている

出会い方の話の部分でも書いたが、同じメンバーが同じ時期に会うのでも、これらの変数に働きかけることにより、アウトプット、つまりワイガヤ感をアゲることができると思っている

誰と、どこで、何するか、というのは当たり前な感じがするし割と早い段階から考えていたが、最近「ひねり」って大事だなと思うようになった。これはまだちゃんと言語化しきれていないところがあるのだけど、思わぬところで盛り上がったみたいな仕掛けをしていくことだと思っている。これによってワイガヤが数倍(肌感)になることもある。それは勿論運と流れによる部分も大きいのだが、はじめましての人が多い場であったら適切な情報提供(=他己紹介)をすることもそうだし、爆発力のあるメンバーも呼んでおくとか、そういう人にはあまり気を遣わず楽しんでもらうことに全力が注げるような場の回し方を考えるということだったりする

………….

閑話休題。今年も色々とお世話になりました。要は翌年も懲りずに飲みたいということなのです

2022年も何卒!


 

参考: 28歳やってみたけどよかったよ

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